2015年10月27日

野菜と子ども

畑のあちこちで自然に種がこぼれ、自然に発芽している小豆。
うちには欠かせない薬でもある。(便秘虫さされなど)

莢ごとにバラバラと枯れ色に変っていくので
順に見回っては、カラリと乾いてきたものをもぎとっていく。

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株まるごとが、一斉に枯れてくれればそりゃ楽だろうけど
莢のひとつひとつに、充分なタイミングというものがあるらしい。

だから、手間ではあるけれど、ひとつずつ収穫する。
あっちの小豆、こっちの小豆、順ぐりに見て回る。


これって、学校に似てる。
みんなバラバラなのに、一斉にヨーイドンで教える。

そうするしかない、それが学校であり社会だ。
昔はそう思っていたけど、色とりどりの小豆を見ていたら
そんなわけない、と気がついた。

だから先生は大変だし、学校に合わない子も出てくる。

P1080248sit_down.JPG(何に座ってるの?見せて〜)

昔、企業で新卒採用の担当だった頃
高校の先生たちの研修に、オブザーバーとして呼ばれた。

先生たちは一年間の計画を、分厚い教育指導要領と格闘しながら
テトリスのようにきちきちと組み上げていく。

「生徒一人ひとりの進路とか適性とか、正直、見てられない」
そうこぼす先生方の姿。

企業の採用担当たちを招いた理由は
「職業観をいかに形成するか、意見を聞くため」だったのに。

P1080249stand_up.JPG(このイス、わたしにぴったり♪)


「言われたことを言われたとおりにやれる子になるよう
 指導には気をつけています」

「最低限のカリキュラムを組んでも、
 学校の外に関われる日数は年2日。

 職業体験や社会見学を増やすために
 体育祭や文化祭をなくせばいいんでしょうか」・・・


管理のための教育だなぁ、とゲンナリした企業の面々。
「こんな教育してたら伸びるもんも伸びんでしょう」と呆れ顔・・・


小豆の莢をむしりながら、不毛な会議を思い出していた。

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野菜に寄り添って見守るか、
人の都合に野菜を寄り添わせるかで
農業の種類が違ってくる。

自然農は、かなり野菜に寄り添っていると思う。


秋風の冷たくなる前にと急いでいるのか、
トマトの実りが最後のピークを迎えている。

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周囲の畑では、もうトマトは茎ごとなぎ倒してあって
次々に実をつけても「秋になったら味がしないから食べないよ」と言う。

一方、自然農では、野菜たちは畑で命を全うする。
収穫をしたあとも、旬を過ぎても、畑に残る。
10月になっても意外においしいトマトが実る。

トマトをなぎ倒してしまっていたら
気がつかなかった実り。

枯れて萎れて分解されて、最後の最後まで命がめぐる。


* * * お知らせ * * *

明日、コーヒーファクトリーさんの
WEDNESDAY PARTYに雑草屋も出店します!

枝豆、菊芋、アピオス、里芋など
季節の自然農野菜を販売いたします。

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10/28(水)コーヒーファクトリーさんにて


今年は枝豆の販売をほとんどしませんので
この機会をお見逃しなく〜^^


* * * まかない日記 * * *

やれるときに、何でもまとめてやっておくと
案外、後から助けられるもので・・・
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夫の誕生日祝いのときの残り。
餃子はいいなぁ。肉なしだったけど充分おいしい。ごちそうさま♪

さ〜枝豆収穫〜! LONOFerさんも畑にいらしてます!
では、また!
posted by miya at 07:34| Comment(0) | 子育てと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月25日

きゅうりの種取り

去年、初めてきゅうりの自家採種をした。
1本だけ残して、完熟を待っていざ割ってみたら
ほんの少ししか種がなくって、ショックだったなぁ。

その僅かな種を蒔いて、育ったきゅうりから
今年もまた、種取りをした。
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今度は受粉ムラを想定して5本残しておいたので
ずいぶんいい種をたくさん取ることができたと思う。
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悲鳴をあげる白菜の苗たちの定植ラストスパート、
ぱちぱちと順にはじけ始める小豆の収穫スタート、
大根の間引きに玉ねぎの苗床の草管理などなど、

やることが多かったこの日は、
長女が丹念に種取りをしてくれてずいぶん助かった。


畑できゅうりを切って、中の種だけ取り出し、持ち帰る。
あとはそのまま自然に土に還す、つもりだったのだけど・・・
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完熟したきゅうりは、甘くて、みずみずしくて、いい匂い。
青臭さがなく、ウリそのもの。冬瓜より手軽な雰囲気だ。
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「傷んでるところだけ畑に戻して、あとはお料理して食べようか!」
と、種・果肉いずれもお持ち帰りすることにした。
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きゅうりの本来の大きさ、完熟の色。
いつもは未熟果を食べているんだなぁと、つくづく思った。


持ち帰った種は、たっぷりの水で洗いながら
浮いたものを水流にのせて捨てていき、
沈んだものだけをよくよく乾かしているところ。

いい種がたくさん採れそう。


* * * お知らせ * * *

農家さんより、出荷できないから土に埋める(!)というカボチャを
たくさんいただいてきましたよ〜。

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捨てられる食べ物に向き合う「めぐるキッチン」、
11月13日(金)開催です。


お気軽にご参加くださいね。

また、お店や農家の方々、何か廃棄予定のものがありましたら
雑草屋の嫁まで、もしくはつくサス事務局までお声掛けください。


* * * まかない日記 * * *

真っ黄色に完熟したきゅうりは
おいしいタイカレーになりました。
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カレーが大好きなもので・・・^^
そのうち、材料と作り方を記事でご紹介します。

じゅわっとジューシーで、美味しかったなぁ〜
ごちそうさまでした!
posted by miya at 21:01| Comment(0) | 自然農 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月21日

余白と英才教育

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夫が何かの折に、
次女のことを「英才教育だから」と言った。

産まれたときからテレビなし、音楽なし、洗剤なし、薬なし・・・
など、育児の路線が定まっていたからだ。


畑で作業しているとき、視界の隅に次女が入った。

とて、とて、とて。

歩いてきて、ススキを拾う。
高く空に掲げて、じっと見る。

すいー、とトンボが流れていくのを
ススキ越しに、じぃーっと見る。

ススキと、トンボと、空と、風と。

いま、声をかけてはいけないな。
そう感じた。大切な時間なのだと。

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またある時、テラスで長女と泥んこ遊びをしたあと
放っておかれた次女が、延々とおままごとをしていた。

いろいろと考えながらやっているらしい。

容器を並べて、泥団子をひとつずつ運んでは、入れていく。
濡らして、取り出して、また配って。
ボウルを持って、またどこかに運ぶ。

1時間以上、一人で真剣に遊んでいた。

声をかけないで見守ろうと決めて、
長女とリビングから、隠れて見ていた。

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次女の感覚がどんどん開いているのを感じる。


最近、車でちょっと畑に寄って
次女には、車から外を眺めて待っていてもらうことがあった。

手間取って結構遅くなっても、結局1時間かかってしまっても、
次女は何も泣かず、ちょっと不思議になった。

そーっと見に行くと、虫の大合唱に聞き入っていた。

開けた窓から見える畑、草、花、空、飛んでいく鳥たち。
聞こえてくる虫や鳥の声、風の音、飛行機、近所の犬。
花の香り、土の匂い。草の、風の、お日様の香り。

サラウンド。

小さなチャイルドシートに腰掛けて、
まさにそのとき、次女は全身で世界に耳を傾けているのだった。

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次男である夫と、次女である私はそれぞれ、
一人でずっと何かに没頭して遊んで育った。

特に幼少期、二番目の子には母の手が回らず、
割と放っておかれたからだ。


4歳半から家庭保育を始めた当初、
一人じゃ遊べなーい、つまんなーい、大人が何かしてよー、
と言う長女が全く理解できなかったのだが、

10ヶ月から保育園に預け始めた長女は、
「何か楽しいこと」を「大人が」用意してくれるのを
受け身で待つようになってしまったのだった。

ずっと保育園に行っていたら、気づかなかったこと。


長女の産まれた頃は、私が全く意識していなくて
“教育”テレビというんだから、
子ども向け・赤ちゃん向け番組があるから
見せようと思って、喜ぶだろうと、見せていた。

そのうち、家事がはかどるからとか、
言うことをきかせるため(動機づけ)に、テレビを使った。

CDについても同じで、もらったもの、買ったもの、
“子どもの喜びそうな”音楽をよく聴かせていた。
童謡とか、オルゴール曲とか、絵本を歌にしたのとか、
知育っぽいのから、教育テレビの人気曲、アンパンマンまで。

車ではおとなしくさせるのに使っていた(つもりだった)。
曲をかけていればそっちに気が向くから。


それに、狭いアパートに暮らしていて、
長女が何かするたびに声をかけ、ベタベタ一緒にいた。


その頃は、それが普通だったし、それでいいと思っていた。
でも今思うと、子どもに「余白」がなかった。

テレビに頭を奪われ、音楽で耳を奪われ、
私があれこれ介入して、遊びや行動をリードしていた。

長女には“与えること”ばかり頑張ってしまったな、と
今更ながら反省している。

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次女は「余白」をたっぷり楽しんでいる、まさに英才教育だ。

長女には、余白を与えずに育てたことを意識して
丁寧に過ごし方を考えていかないとなぁ、と思っている。


関連記事:テレビのない暮らし 音の洪水 木々に抱かれて 自然から課せられたお仕事


* * * お知らせ * * *

お陰様で、次々にお申し込みいただいております。
ありがとうございます。

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自由な教育に長年携わってきた古山明男さんをゲストにお招きします!


気になる方はお早めにお申し込みください。
大人単独でのご参加も歓迎です♪


* * * まかない日記 * * *

むかごごはん。懐かしい〜
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炊きたてはまるでバターの風味なんですよ。不思議!
子どもの頃、これに塩ふって食べたっけ。

ごちそうさまでした!
posted by miya at 23:39| Comment(0) | 子育てと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする